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October 2008

October 30, 2008

寒さ寒さも4月まで

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒いーーーー。

この日々がまた四月まで続くのかと思うと、げんなりする。長いよ。

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October 29, 2008

既婚か未婚かをどこで見分けるのか

リゾナーレで放火のニュースに触発されてふと考えた。

http://www.sannichi.co.jp/local/news/2008/10/27/5.html

39歳男性が挙式前日の深夜に結婚式場で放火した事件である。

なんでそこまでにいたったんだろう、と、不思議に思うとともに、全然ありうるなあ、と得心がいっている気持もある。

付き合っている人が未婚か既婚かって、どうやって判断できるのだろうか。自己申告制以外には知りようもない情報である。
結婚相手が同居している場合は、暮らしぶりから同居人がいるらしいことはわかるかもしれない。しかしその同居人が配偶者かどうかは外からわからないのではないだろうか。また別居している場合は、ますます判断が難しい。事実婚だってあるし、もう、何をもって結婚しているというかなんて、あいまいだ。

未婚と既婚の違いは、実はほとんどないのではないだろうか。
戸籍がどうの、名前がどうのという問題だけが前時代の遺物のように残っているが、男性にしたら書類上もそんなに大きく違わない。

たとえば、男性と付き合うとして、彼が既婚か未婚かを、女性はどうやって見分けているのだろうか。(逆ももちろん疑問だ)
特におたがい明示的に尋ねることもなくなんとなく仲良くなっていて、いつのまにか結婚話が出てしまった、とか、普通にありうる話である。

「3ヶ月後のこの日、空いてるよね?」
「うん、なんで?」
「結婚式場の予約してきたんだ」
「え」
「来週打ち合わせに行くからね」
「・・・」

ありそうだ…。
そんな悲しいことにならないよう、NOと言えないタイプのシャイな彼には事前にこちらから聞いてあげよう。

「実は既婚者ですか?」

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October 28, 2008

学歴だとか既婚だとか

ま、それくらいか。おもなトピックは。

どうも学歴が覚えやすいようで。
ここに私が来る前からT大学出身の女性が来るらしいとひそかに噂になっていたらしい。ふたをあけてみたらこんなんでほんとすいませんが。

どんなに賢くつめたそうな人だろうと思っていたらしい。ふむ、そういうイメージですよね。

私が(自分は置いておいて、)T大学の女性に思うことは、ちょっと違う。
うまくやるかしこさみたいな感じ。
むしろにこにこして穏やか。
都会出身だとさらに、穏やかで余裕があって上品。
基本的に誠実。
人に嫌われない術を身につけている人が多い。
その一方で、とてもつかみづらい。微妙に壁を作っている。
器用。に、見えて、器用貧乏でもある。

でも、私が彼女たちにしばしば驚くのは、総じて、当たり前のようにめいっぱい努力する点だ。
普通そこまではやらないだろう、もう十分だろう、というところが軽々と彼女たちの平均であるように思う。
その泥臭さは上記の余裕があるようなにこにこ感とイメージ的には反対かもしれない。しかし、そのにこにこ感も含めて泥臭い努力なのではないかと思うこともある。

泥臭い、と言ってみたが、泥臭いことがあたり前だと、もう泥臭いことはたいして泥臭くないような感じさえある。

なんでそんなにやるの?と聞けば、え、なんのこと?と返ってきそうな当たり前感。見返りとか関係なく、当然のように。

昔、勉強したんでしょ~って聞いて、え、そうでもないよ、と返ってきた経験はあるだろうか。もちろん本当にたいしてやっていないことも多いのだが、そうでもないのレベルが周囲とずれている可能性もあるので注意。その場合、そうでもないという言葉にまったく嘘はないということを覚えておこう。勝手に恨みを抱かないように。


怠惰な私は遠くから彼女たちを尊敬するばかりだ。
でもまあ、それでも、彼女たちのような人々を見るだけでも、観光地の滝でマイナスイオンを浴びる以上の何かの効果が自分に与えられるような気がするのだ。

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October 27, 2008

夢がない

あの場所って、なんでこんなに息がつまる場所なんだろう。なんでしーんとしてるんだろう。


と、ずっと疑問なのだが、どうやら実験室ではわいわいしていいけど部屋では静かにするように、って決めた過去があるらしい。実験室に住まない人間はずっと静かにしていないといけないわけだ。やれやれ。だからといって実験屋さんになりたくはないし、堪えろってさ。やりたいことがあるなら勝手にやれってさ。隣人に優しくないねえ。


それに、もうひとつ。夢がないことがわかった。二十年前はともかく、いまはもう夢を持ってはいけないらしい。


夢が見れない。
腰を据えて考えたかったけど、見切り発車で出発して人の手に流れて失敗する。
がんばっても途中で仕事がなくなる。
途中でなくなったものは評価されない。
最先端みたいなものができない。
だから、技術屋としてオレって世界的にすげぇ、とゆうふうにならない。


…モチベーション上がる理由がどこにもないな。モチベーションを持ち続けろ、なんて、勝手だ。


だいたい、大人が自分の言葉で話していない気がする。
どうしたい?って聞いたのに、決まっている制度に基づいて、どうすべき、って返ってくるような。
それは、したい、じゃなくない?しろって言われてるだけのことでしょう?

それは誰の不満?誰の要求?誰の考え?みんなの要求とか、平均化して、全体を取るから、だから誰も口を開けなくなるんじゃないか?自分の言葉を話してはいけないっていうルールでも作ったわけ?


クレームや意見を平均化することに私は危険を感じる。

迷惑だから静かにしましょう。見た目が悪いから片付けましょう。
そうやって、一般的にわかりやすいクレームだけを処理して規則を増やすことは良いことか?最初は良いかもしれない、しかしそれは継続し増殖するごとに価値がなくなる。個々のクレームに完全に対処された場所を作りたいわけ?違うだろう?

クレームのうち、具体的で対処がすぐに可能なことを行って、従業員の平均的意見を具現化できた、と喜ぶ一連の手続きに価値はない。言い切ってみる。価値はない。ないのだ。トレードオフも考えないで、ひとつ仕事をしたと勝手に喜んではいけない。


そうではなく、抽象的でも根本的でクリティカルな問題に気付くべきだ。そしてなかなか具現化できなくても、抽象的なものを具体的なものに変えていくことに力を入れるべきだ。
価値あるものは平均的意見ではなく、たった一人の、すごく深刻で強い思考かもしれない。
いや、そうだ。言い切るぞ。


くそう、こんなんじゃ嫌なんだよ。仕事がどうとかじゃない。間違ってるのが嫌なんだよ。
大切にすべきものを大切にしないで、どうでもいい、むしろ捨てるべきものを増やしていくなんて。

もう少し、ケンカできるような攻撃的性格と、嫌な奴的な論理的会話力がほしいものだ。

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October 26, 2008

タイツに納豆

たまにすごく眠くなる。二週間前くらいがピークでいつも眠かった。最近はちょっと解消されてきたのだが、妙な時間に眠くなることがある。

今日は眠いときに夕飯を食べた。とてもおいしく食べたのだが、いつもはテレビを眺めたり食べたりということが普通にできるのだけれど、今日は眠気が残っていたせいか、とんでもないことになった。

なぜか、

かきまぜていた納豆の一部が

足に。

眠いと驚きも小さい。あれ、納豆がこぼれている、くらいの認識だった。認識しはじめてから数秒間、しばらく納豆が落ち続けていた気がする。数秒して、だんだん現実味を帯びてくる。あ、やべ。ようやく左手の納豆の傾きを水平にする。

足に納豆。
あまり見なれない光景だ。
カーペット的なものにも納豆が。かきまぜた直後なので元気に糸をひいている。
後処理が面倒くさい。
眠いのに、面倒が増えてしまった。

納豆をこぼしたくてこぼしたわけではない。しかし、納豆をこぼさなければ良かったなあ、と思った。


そういうわけで、眠いときとか具合があまりよくないときは、仕事をしないことにしよう。眠いといろんな面倒が増える可能性がある。
これが今日の教訓である。

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October 25, 2008

似たような過去、似たような経歴、似たような人たち

普通に学生生活をして、普通に大学院に行って、普通に論文やらバイトやらで忙しくなって、普通に将来に迷って、普通に自分とは何かを考えたりして、普通にこのままでいいのかって思ったりする。このままここで年をとっていいのか。このままで平気か。なにか違うんじゃないかってよく思う。

しかしそんなのは、どこにでもある、普通の日々だ。
そしてこれが青春てやつだ。ってことでオーケイ?


日本全国で似たような世代の人たちが私と似たような数十年を過ごし、似たようなことを考え、似たようなバランス感覚で、似たような不安を引きずりながら、似たような毎日に服従している。私のひとつ上の学年の人が、同じ年齢の人が、ひとつ下の人が、みんなみんな、同じような毎日を追従している。
これがこれからも続くのだろう。


似たような人々の中で、しかし私は私とすごく似ている人物を知らない。大量生産される若者たちの中で、私は私に似ている人をかつて探し、そして一時的にあきらめた。もしかして、私が男の子だったら、もっと似たような人に出会えただろうか?私がぐるりと見回すと、視野の大部分に男の子がいて、女の子はあまりいないから。たまたまそういう場所にいまいるのだけれど、そもそも女性には選択というものがありすぎる。


似たような日々を生きてきた者同士は、日本のどこで生まれ、どこで生活しようとも、なんとなく共感めいたものを持つのだろうか。まるで自分を見るかのように、相手を見ることができるのだろうか。


普通であることは、案外なかなか得られるものではない。普通でない状態の時にきっと手痛く思うのだ。ああ普通だったらどんなに、どんなにいいだろう。って。
だから簡単には手放せまい。


男の子の日々は永遠だ。どこまでも続くことに安心しきっている。そういうふうに見える。たくさんのステレオタイプに囲まれて、半分絶望し、半分焦燥を持ち、しかしどこかで安心している。ずっとこの場所が続くと信じている。ずっと誰もいなくならないと思っている。まったく誰も、ということはないにしても、自分自身はいなくならないと思っている。


そんな永遠なんて、私は最初から考えたこともない。焦るなとか言うのは、男の視点だ。このままでいいのか。このままで平気か。1年たてば、人は変わる。得た能力も、日々のバランスも、近づいてくれた人たちも、尊敬できた考え方も、簡単に手からこぼれていく。似ているものは得ることができない。ステレオタイプを想像できない。3年先は、別世界だ。
たくさんの人が、似たような過去を、似たような日々を、似たような不安とともに過ごしながら、なのにほんの少し違うと感じる。原因はひとつではない。にも関わらず固執するのは、古い人間の証だろう。


似たような普通の男の子たちに嫉妬する。

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October 24, 2008

情熱さえない

臥薪嘗胆。
ああ、なんて情熱的な言葉だろう!

誰かの本に書いてあった。自分は凡人である、ただすごく仕事が好きだ、好きなことがある、ただ、情熱があるだけだ、と。

情熱があるっていうのは、すごい才能じゃないか!すごい。十分にすごい。
昔から、もうずっと小さいころから、割と自覚的に認識していた。私には情熱がない。これはたぶん、将来、大きな欠点になりうる、と。

まあ、そういうわけで、臥薪嘗胆というのもなかなか、すごい情熱だなあと思う。

流星の絆の三人兄弟の兄弟っぷりはなかなか見ていて楽しい。家族というキーワード。両親を失ったという、喪失の共有。悔恨の持続。完全な共感。

と、まあ、ありきたりなくらいにわかりやすく効果的な設定である。それにしてもそんなネタがクドカンでものすっごいコメディに。興味深いので、今期見たくなってきた。

でも金曜だからな~

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October 23, 2008

読了:イニシエーション・ラブ

「イニシエーション・ラブ」乾くるみ

Jの神話でだいぶ懲りて読まないはずの乾くるみだったが、ふと立ち読みしたらずいぶん文章が軽く読みやすくなっていたので試しに読んでみた。
大学生の鈴木が慣れない合コンで出会った初めての彼女とどきどきつきあいはじめるような話。ちょっと前に流行した純愛でもなく、かといって遊んでいるわけでもなく、理系男子的に文化系男子的に超ごくふつーのはじめての恋愛のお話である。

だいぶあおってあるのでミステリーっぽい仕掛けがあることは明明白白なのだが、それを取り除いても十分に、私には楽しく読めた。そもそも恋愛小説なんてあまり読まないから、純愛とか、どろどろした女性視点ものとか、それかミステリー風味かしか世の中にはないかと誤解していた。普通の恋愛って、別に単なる普通の恋愛であっても、かわいくて楽しいものだなあ。

メガネをコンタクトにしたり、マックに行ったりビールを飲んだり、本を貸し借りし合ったり、それくらいでもう十分、なんだかとても緊張しつつ楽しい感じ。超普通だ!

80年代の世の中の記憶を鮮明に持っている人は、より楽しめるであろう。
どうせ乾くるみだし、とか侮っていたわりには良かったので、相対的に高評価な文章になってしまった。

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October 21, 2008

ワープロ

私は昔、紙とえんぴつがすごく好きだった。
紙とえんぴつさえあれば、長期間拘束されてもいいと思ったことがある。誘拐されて塔のてっぺんに閉じ込められても、紙とえんぴつがたくさんあるのなら、悪くない生活かもしれない、と想像したのだ。

大人になるとかなり欲望の幅が広がり、幽閉願望はからっきしなくなった。とても幽閉されてはいられない。一泊数万円のホテルの女性客ターゲットの優雅な癒しプランとかならともかく(未経験なので想像のみ)。きっと全然紙とえんぴつの世界じゃないだろうなあ。

しかしやはり、基本は紙とえんぴつだ。毎日意味もなく手帳とペンをカバンに入れてあるのも、そのせいだ。いつもほしいもの。究極の物欲。それが紙とえんぴつ。

さて、最近ほしいのは、紙とえんぴつの代わりになる、素敵なウルトラモバイルPCである。
1kgもする世の中のウルトラモバイルPCなんて、全然ウルトラモバイルじゃない。だって1lのペットボトル持ち歩いているようなものだよ?持ち歩くのは500mlまでだろう!しかも、500mlのペットボトルを持ち歩いている状態で、さらに追加できるものでないと、ウルトラモバイルとは言えない。ペットボトルだって歩くときにははずせないのだ。だって数時間立ちっぱなし歩きっぱなしで貧血になったら、絶対に水分補給が必要だしさあ。

そんな文句をつらつら言っている今日この頃。Pomeraというのを知った。
http://www.kingjim.co.jp/pomera/index.html
キーボードのついた文房具である。
これは…新しい紙とペンになるかも…

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October 20, 2008

秋桜

今朝、やけに視界がクリアだった。
山の稜線がはっきりと見えた。それだけではない、斜面の地質、木々の木の葉のシルエット、麓の集落の家の壁、屋根、車、すべてがくっきりとはっきりとしていた。

山に向かってドライブする。右と左は何も実がなっていない葡萄畑と桃畑。しばらく行くとみかんのなっている木々がある。ああそうか、みかん系の木だったのか。季節が変わって実がつくことで、ようやく見慣れたその木が何であるかがわかる。

ひらけた敷地に、一面のコスモスが無造作に咲いている。薄ピンク、赤紫のコスモスたち。色が鮮やかなコスモスはひとつふたつでもかわいいが、やはり群生しているもののイメージが強い。ひとつふたつに着目すると、花の形状がきれいであることに気づく。化弁の方向がすっきりと放射状に広がっていて、シンプルで美しい。

高速道路が山に入ると、両サイドには木しか見えなくなる。その木々の端々がもう赤い。
登坂斜線もついて3車線に広がった道を、アクセルを踏んでえいやと登る。登っていくと、いつのまにか視界のクリアさがなくなっていることに気づく。あの解像度の良さは一体なんだったんだろう。もう普通の景色だ。

マイナスイオンが2万個のところに住んでいる人の、マイナスばっかりになってしまうからたまにはプラスになりに新宿に行くのだという言葉を聞いた。なんて素晴しい発想だろう!


なのになのになのに。私がとっても楽しみにしていた都会行きが、なくなってしまった。あああ、残念すぎる!懐かしい人にお会いしたかったのになぁ!


容疑者Xでの石神は、数学も、美しい愛する人も、この世に存在しているだけで、ほんの少し触れ合えれるだけで素晴らしいものだという認識を持っていた。
そういう認識が実にすばらしい。ある種のクリアな視界も、描けそうにない色合いも、不思議な物理現象も、そしてある種の独特な人々も、きっとそういうものだと思う。また会えたらいいなあ。唯一無二にして誰にも似ていない、私の恩師。

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October 18, 2008

Wiiミュージック体験

みんなで演奏するものっていうのは、ダメダメな演奏なほうが楽しかったりする。と、前向きに言ってみる。

とりあえずドラとかたたきまくってみたらほんとうるさい。次演奏するときに、もーなんかうるさいよ後ろのパーカッション!!ってあたしだし!みたいな感じになります。

犬とかもちょー吠えるのでおすすめ。

喜びの歌?って、どんなやつだっけ?ああ、エヴァか。
と納得する私でした。

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October 17, 2008

Yahooニュースで知ったことにする

なんでカードキャプターさくら知ってるの?

なんでハルヒ知ってるの?

なんでねぎま知ってるの?

と、言われても、どれも知らない。存在として知っているだけだ。なぜ存在を知ったか?それはたぶん、Yahooニュースにでも出ていたからじゃないのか?

詳しくは知らないが、福田首相が辞任したことをなんとなく知っている。どこで見たかわからないけど、たぶんYahooニュースにでも出ていたのだろう。

詳しくは知らないが、リーマンなんとかが破たんして金融がなんか世界的にやばいらしい、と聞いたことがある。どこで聞いたかわからないけれど、たぶんYahooニュースかなにかでちらっと知ったのだろう。

それらとおなじくらいの位置で、同じような感じで知っている。さくらはクランプだよね、内容はよく知らないけど。ハルヒはセカイ系だよね、声優の人がアイドルなんだよね、内容はあんまり見てないけど。ねぎまはたくさんの女子高生に囲まれるシチュエーションだよね、まったく、少しも、中身を見たことないけど。

それくらい表面的な知識は、単に世を流れるニュースを最初の一文だけちら見しているのと同じようなものだ。
ていうか常識?
みたいな。

だから、私が二次元的な話に世間話に合せるようにうなずいたりするのは、そんなに驚くべきことではない。たぶんYahooニュースで見たのだ。

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October 16, 2008

石神

読み終えた。
容疑者Xの献身、とは、すごく良いタイトルだなあ。うまいものだ。
東野圭吾はあまりにもベストセラー作家すぎて、逆に読んでこなかった。しかしさすが東野圭吾。安定感のある文体、内容、ミステリー。全く損しない。お得だ。

安定感のある大人な作家の小説がしばしばそうであるように、若干キャラの描かれかたが味気ない。キャラ萌えの人にはあまり好かれないだろう。天才物理学者しかもイケメンとゆう設定だったらもっと素敵な描きかたがあるだろうにと思えるほどだ。
キャラ作りの点では本当にフジテレビは偉大だ。映像のほうの湯川のキャラのほとんどはフジテレビで作られている。

しかし、石神はまあまあ良い。そもそも私がインテリ好きだからかもしれないが。
頭がよく、論理的、シンプル、純粋と語られている。うん、なによりも、シンプルで純粋なのが良い。

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October 15, 2008

ブログは一対多か一対自身か

ブログというものの位置づけは各ブログによってだいぶ違う。とても大きくてほとんどオフィシャルなブログもあれば、こういったとても小さくてプライベートなものもある。

たとえばここのような小さなものは、覚書やログ取りや習慣づけという意味合いも大きいため、自分の自分による自分のためのブログという意味合いが強い。

とはいえ、読む人をまったく意識していないかと言うとそういうわけでもない。複数の人間が読んでも問題がなく、飛びすぎず、でもわずかに、少しだけ飛んでいる、くらいを意識している。たいていはリアルな私を知っている人だが、リアルな私を知らなくても特に問題はない、というくらいに一般的な言葉を書いている。

だから、一対自身、という構図もありながらも、一対多といえば一対多である。

読んでいる人にとってはどうだろうか?
数少ない、ここを定期的に見ている人たちの気分は私にはわからない。私にとって同じような存在があまり多く存在しないためである。オフィシャルな大きなブログはしばしば見る習慣がある。思い出したように見る個人的な小さなブログもある。しかし小さなブログをまずまずの高い頻度で見るということはそんなに多くない。

書いているほうとしては、ただ淡々と書いているだけであるが、別にコメントも何もいただかなくても案外、つながりを感じたりすることがある。そういう意味では、とても説明しづらい、消極的コミュニケーションツールである。
ここで書いていることが読む人にどんな影響を与えているかを私は観察しない。見えない。聞こえない。
しかし、たまーに、事例にしてほんのわずかな一、二例を、ちらりと垣間見て、なるほど面白い効果が遠くで起こっているものだと思えることがある。それで?だから?それが理由か?わからないけれど、なんとなくこの消極性と距離の大きさ、一方向性は、自分に向いていると思えるのだ。
そんなとき、一対自身ではなく、案外一対多でもなく、一対一である性質をブログに感じる。読む人が個人として意識されたとき、ブログは一対一である。書くときではなく、時間をへて、あとになってまわりまわって、一対一を感じるのである。

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October 14, 2008

寒暖差

もう秋。

ぼうっとしてると、また同じような日々が過ぎてしまう。
でもたくさんぼうっとしていたい。

最近の職場には休憩室が近くにないので、食堂で休憩している。広いから他人と同席することがない。4人席のテーブルを一人で使える。

そういうわけで、今日は食堂に一時間ほどいすわった。だって同じ場所にいると眠くなるし飽きるんだもん。広い机でコーヒー飲みながら文献読むくらいでいいじゃないか。仕事なんてどこにいたってできるし、どこにいたってできないし、だから、自席にはりついていることに意味なんてないんだから。

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October 13, 2008

今なにしてる系?みたいな

やっべ、すげえよこの言語感覚。
私ってだいぶオバサンだ!つうか「今なにしてる系?」は言わねえ。言わなかった。でもなんか使いたくなってる(笑)

第三回日本ケータイ小説大賞 あたし彼女
http://nkst.jp/vote2/novel.php?auther=20080001

内容はありふれてるし。
初めて本気になった彼氏、本カノ忘れてないし。みたいな。超ありがちだし。
でもこの言語はすげえ笑える!まじうけるんですけど。純愛。爆笑。

ちなみに、~だし、ってゆうのの乱用、Myマザーがメールですげえ使うんですけど。むしろそれを思い出すっつ~の。
あーこの言語、癖になるわぁ。

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対外時間と対内時間

たくさん仕事をして、休むときはがっつり休む!という考え方もある。わりとイマドキかもしれない。
だらだら仕事をして、そんなにたくさんは休まない、という考え方もある。あまり褒められたりオススメされたりはしないけれど、全体的にまんべんなく国民の休日がある日本において、古来からの、どちらかといえばメジャーで支持された考え方なんじゃないかと思う。声を大にして言えるカッコヨサがないけれど、大多数の労働者や会社人などに交じって隠れて生きていくにはこちらが正解なのではないだろうか。


もっとも、仕事の中にも、外交的な行為を行っている時間もあれば、自分の中で処理している時間もある。それは両方とも仕事をしている時間である。仕事=対外的なこと、という意味では、すべて対外的な時間である。好きなことや趣味を仕事とした場合、これがなんともいえない、微妙な定義になってくる。


しかしそもそも仕事とはなんだ?労働とはなんだ?対価が払われる何かか?
アウトプットが出なくても飼いならされる会社員としては、対価が払われること=仕事だとは、どうしても思えない。対価に直接結びつく仕事をさせてもらえない人もたくさんいるのだ。価値のない時間を費やすこと、それすらも仕事であることだってあるじゃないか。それが仕事じゃなければ、いったいなんなんだ?


それはともかく。
対外的なことを行う時間と、内向的であって良い時間の割合はどれくらいだろうか。
たぶん、人は自分にとってそこそこほどよい時間を見つけていくべきだと思う。今の自分と未来の自分が同じであるわけもないから、常にそこそこやっていけるバランスを探し、ちょいちょい見直しをしていくべきなのだと思う。人と同じようにできるところとできないところを分かって、できないところはあきらめざるを得ない。あきらめても納得するような理由、感覚、代替を必要としている。

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自分とコミュニケーション

私は、ゆっくり寝て、体調がよくて、とっても機嫌がよくないと、うまく時間を過ごせない(気がする)。
だからできるだけ、ゆっくり寝ることや体調を維持することや、何よりも、機嫌を良くすることを優先する。たぶん、ちょっと変わっていると思う。

ここのところ、私の機嫌があまり良くない。いつも以上に、日々に満足していない。たぶん燃え尽き症候群の一種である。どうしてもやらなければいけないことに3か月ほど従事し最優先事項にしてきて、それが過ぎた。次の目標をまだ立てていない。何もやる気が起こらない。できれば2か月くらい何もしたくない。ずっと本とか読んでいたい。学生の頃は2か月くらい休みがあったのに、社会人ってほんと無理。おかしい。


せめて一週間でも本漬けになって、食べることとかもおざなりになって、人とのコミュニケーション法とかも忘れて、頭の中だけでトリップして、ああそろそろ私やばいぞって自覚して、で次の一週間くらい計画性の少ない旅に出て、社会の時間から離れてみた挙句に、そうかちゃんと現実を過ごさなきゃと発見して帰ってきたい。なんかそうゆうのを必要としているんだけど私。必要なことがわかるのにできない。ほんと社会人って無理。なんなの。


仕方ない、無理なことは無理と認めてみる。
そこで、たまたまなぜか更新頻度が多くなったこのブログである。特に意味もないけれど、広義の自分ハックの意味も混ぜて、高い更新頻度をしばらく続けてみようと思う。


ネタがあるから書くのではない。書きたいから書くのでもない。
書くことがなくても、書きたくなくても、書いてみよう。書いたほうが良い。
試せることはなんでも試すべきだ。

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October 12, 2008

花ざかりの君たちへ

テンション高いドラマだ。高くて色が鮮やかで惹きつけられる。なんつーハッピーな。実に魅力的である。

この物語は学園物であるにもかかわらず、授業風景や先生といったものがほとんど出てこない。理事長くらいである。というのも、ほとんどが寮のイベント単位で語られる物語だからだ。

しかしあのテンション!キャラづけ!満載の小ネタ!たぶん漫画原作だからなだけじゃなくて、ドラマオリジナルでいろいろとがんばっている。パクリも満載。小物にもいちいち気を配る。素晴らしい。

それにしても、コの字型の長ーーいコタツ、良いなあ。

そして、なんて豪華な役者陣なんだろう!
カブトとか、サソードとか、中津とか、すげえいいキャラづくしだ。完全に当たりドラマだ。ここに出た人は、いい引きをしていると思う。そんできっと現場もたのしいに違いない。そういうオーラのドラマだ。時期もこういうハイテンションで楽しいドラマがあればいいんだけどなあ。

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October 11, 2008

人は人に影響を与える

性格は生まれつきだし、性質もだいぶ生まれつきだし、才能もわりと生まれつきだと思う。

しかし、後天的に、環境から得る部分もとても多い。
環境は人に影響を与える。人は人に影響を与える。

だとすれば、自分に良い影響を与える環境、自分に良い影響を与える人を、常に求めるべきである。そしてそれを発見したら、あまり手放したくないものである。それが希少なものであればなおのこと。

しかし手放したくないという考え方は、単に自分にとっての有用性にすぎない。他者にとってはどうであるのか?

手放したくないという考え方があるにも関わらず、たまにそれと反対の行動をとる理由は、完全なWin-Winを求めるためだろう。求めるWin-Winの、そのあまりの完全性のためだ。

大人になれば、もう少しその完全性がゆるくなると思う。ゆるくなればいいと思う。予定というよりは期待である。不必要な完全性は、子供的性質だ。

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October 09, 2008

紅葉

はやくも会社のそばの木々は紅葉している。雨の日は実に寒い。

私は昔はどれかといえば秋が好きだった。夏、暑くて暑くて暑くてあつつかれたー、とかいってもうだいぶ夏とか残暑とかが飽きてきたころに、ようやく訪れる次の季節。それが秋だった。
以前は。

いまはそれほど嬉しくもない。なぜなら夏があまり暑くない。お盆を過ぎたらもう秋みたいなものなのだ。ここらへんの地域の10月は、昔いた地域の10月とだいぶ違う。もう秋。もう秋!もう秋、も、どんどん過ぎて行っちゃうよ、ああ、またあの冬が来るよ冬が、あああああああああ!

という気持ちなのだ。

昔は、9月はまだ暑くて、ブーツとかはきたいけどまだ暑いからまっちゃおう、ベロアっぽいジャケットとか買いたいけどまだ着れないからもう少し我慢、とか思っていたものだ。待ち遠しい秋。

それがいまや。
みんな夏物着ているけどわたし的にはすげえ寒いからもうベロアのジャケット着ていい?ねえ着ていい?ブーツはいていい?だって寒いんだもん!なんて躊躇している間にもうかわいいベロアなんかじゃ全然寒くてダウンジャケットとかなんかみんなスキー場みたいな格好になっていくんだし、ああーサンダルなんて一か月もはかなかった!

みたいなことになっている。せわしなく通り過ぎる秋。

昔は10月ってこんなんじゃなかったのに…。


オンナゴコロと秋の空だ。


そういえば、最近毎日考えていることがちがう。変わりやすい日々だ。気が抜けない。どれが定着する方向性かわからない。模索している。
やりたいことがたくさんある気がする。どれもやってみようとする。どれも方向性が違う気がする。のんびりとしたい気もする。しかしこのままではいけない気がする。


だから、なにがしたいんだ?

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October 08, 2008

更新が多い

面白い本を読んだためだ。

久々だー。読みたくてできれば会社休みたい。しかし風邪なので睡眠はたっぷりとりたい。あ、そうか、風邪で会社を休めばたくさん本が読める。ああ、この発想。いつもこれだよ。小さいころから進歩がない。しやわせなやつだなー私。

おもしろい本をすごく没頭して連続的に読むと、寝る前に文章が浮かんでくる。ぼーっとすると、次から次に、文章が頭をよぎる。記憶しているのではない。勝手に作っているのだ。

テトリスが頭の中でふってくるのとまったく同じだ。

テトリスとちがって、少しははき出せるので、こうしてここに文章を吐きだしている。内容は何でもいい。

風邪だからはやく寝なきゃ。

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October 07, 2008

O2じゃなくてOO

ギアスが終わってしまって、そっこーでOOの季節だ。

ところで、ガンダムにはキャラ萌えの要素が薄い。いや、新しい系のガンダムにはわりとあるというのが一般論なのだけれど、しかしどうだろう、やはりガンダムシリーズの特徴は「共感するキャラがいない」につきる。私の主観。

ギアスとかああいった別の腐女子系の物語はキャラありきで進む。そもそも強い機体に主人公が乗らない点がとても好ましかった。R2ではそうもいかなくなってしまったが。肉体的に完全に強い戦闘キャラを外に設定しているところがとてもツボをついていた。

いっぽう、ガンダム系のツボはどこだろう。
OOの最初の作は、最後になるにしたがってどんどん機体に奥の手が出てくるところが、あちゃあ、と思った。ギアスR2の最後もそうであるが、十分に強い機体にさらにこの機能、さらにこの機能、と追加するのが私はあまり好みではないようだ。Z以降のドラゴンボールじゃないか。いや、ドラゴンボールも完璧に面白いアニメではあったはずなのだが…。

どうやら私は機体には萌えない。
物語としては、制約(物語的なルール)がある中で、工夫をして勝つ、みたいなものに萌えるようだ。ミステリーとかもちょっとそうだし。あー、ね、なんか日本人的ね。ジョジョの第四部は素敵だ。

というわけで、実はガンダム系には私には魅力がない。
それでも、なにかある気がするとしたら、それはやっぱり、アニメでしか描けない世界のかっこよさみたいなものだろう。
ガンダムだからそれがあるわけではないはずだが、ガンダム系ではそれを描くのがうまいんだと思う。たぶん。

世界の歪みを直す。

そういう目的で生きるなんて、実にマクロだ。
ああそうか、かっこよさとは、マクロさかもしれない。

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October 05, 2008

ガリレオ

フジテレビがいやに押してくる感じはちょっと圧迫感があって息が詰まるのだが、基本的にガリレオみたいな本格推理&キャラ立ち系の物語は好きである。

なんといっても、How do it?のみに焦点を当てているそのスタンスが素晴らしい。この金属を流体化して飛ばして、とか、少量のお湯を沸騰させてふたを閉めて空気穴を氷でふさいで放置、とか、そういう超純粋に「どういう仕掛けがあれば可能か」という話になる、その純粋さがとても良い。好きだ。

キャラクター的にも、はっはっはっはっは、まったくわからない、実に面白い、という決め台詞が実に良い。キャラクターを如実に表わす、素晴らしい決め台詞である。

さて、長澤まさみが実際の理系女子とどれくらい差があるか、であるが、とりあえず理系女子は海に行ってもバカンスでも足を出さない。水着にならないどころか、ショートパンツもはかない。たぶんジーンズかなんかでビーチに出る時だけちょっと裾をおり上げるのみだ!露出度は足首以下のみ。

あと、経験的に、意外と理系女子のメガネ率は低い。

今回のドラマでなんとなく西之園萌絵を想像したのは私だけではないはずだ。

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October 03, 2008

読了:恋人たち

「恋人たち」立原正秋

酒場の女を出自に持つ三つ子、道太郎、倫太郎、六太郎がそれぞれ別の道で生活したり出会ったりして、道太郎の周りの女たちもそれぞれいろいろである、というような話。

おお、こんなにプータローで定職にもつかずにふらふらしていて女に困らない遊び人だったか、道太郎!
本当に何もしていない適当っぷり、その生きざまは、青春らしい青春である。一本筋が入っているので妙にすっきりとりりしい遊び人である。遊び人ぶりに感心した。素晴らしい。

たとえばナマグサボーズ円道との小気味よい会話が良い。ほんの2行あとにはもう言っていることがさっきと違う、そのいい加減さ。長くもない、たいして起伏も多くない物語、たまに非情で本当に冷たいことをするし、そんな道太郎を姉妹でとりあうような設定なのに、なぜかすべての人物にいきいきとした印象が残る。


それにしても黒いストッキングが昔はそんなに珍しかったのか。黒い下着はなかなかいいぜ、今日は紫色だぜ、とか言っているし、俺なら緋色か辛子色だなんて言っているが、そういえば去年はカラータイツ大流行でどこもかしこもいろんな色の足だったなあ、かくいう私自身の引き出しにも、とかふと思ってしまう私なのでした。

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October 02, 2008

自身が去ったあとでも人が去るのは淋しいものであるようだ

元事業所の友人が、元事業所を去ってしまうらしい。

そういえば、派遣なんだっけ、と思った。

同年代だしなんかマニアックだし楽しいので、元職場にありがちなノリで、年齢も出自もなんもかんも気にせず一緒にカラオケった仲だ!

ああ、突然いなくなっちゃうなんて、、、派遣とは、そういうことなのかあ、、、厳しい、、、

と、先にいなくなったほうの私が思ったりしている。
なんでか、私のほうが先にいなくなったのに、そんな私が、ちょっとショックを受けたり、くそー職制めと横から理不尽に憤ったり、彼女の職場のおとなりにあった私の元職場もなんだかさみしくなっちゃうなあ、とか思ってる。

不思議だねえ。

もしかして、自ら去ったことで、私の中であの場所が、延々続く、永久の場所になってるのかな。。。

まさかぁ(笑)
一日だってとどまってないじゃないか!

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