スーパー保育園って
子供たちがとんでもなくデキル子になるスーパー保育園というものがあるそうです。
とびばこもばんばん飛んじゃうし、バック転だってしちゃうし、絶対音感もばりばりよ!みたいな。
数メートルの高さの崖から池に飛び降りるよ!当然ひとりずつやって、みんなができるまで終わらないよ!さあ君も勇気を出して!
いやあ、元気なのは良いことだねハハハハハ・・・・
その、みんなができるまで終わらない、って雰囲気には、なんだかいやーーな記憶がよみがえりそうになる。
保育園、というか幼稚園、だとか、小学校のようなところでは、私はついつい落ちこぼれてしまうので、そういう強そうな教育は自分だとするとちょっとねえ・・・と思ってしまう。
初等教育とはいえ、人に得意不得意があることを許してあげていいではないか、と。
得意なことはどんどん伸ばして、不得意なところは、まあ本人が社会生活でものすごく困らない程度のレベルをクリアするってゆうくらいで、ね、どうでしょうか。。。
しかし、最近子供を保育園に預けて仕事に来ている女性の話を聞くと、保育園って一日のうちわりと長い時間滞在し、けっこうきわどいいろんなことをこなすところらしい。たくましくなるよ、とのことである。
・・・保育園怖いなあ。
ここでひとつ、仮説がある。対外インターフェースの強靭さは保育園育ちによるものではないだろうか。
いっぽう脆弱な私は、日がな一日、ぼーっとすることを好んでいた気がする。
いつのものかわからないが、たとえば私がパンダだったらどうだろうか、と埒も無いことを真剣に考えていた記憶がある。
埒も無く考えること、妄想することを好む点では、まったくもって、今も昔も性質は変わらない。この脆弱さをもユニークの一種と捕らえれば、ことさら弊害ばかりでもないのではないか?いや、弊害を助長しているか。
ということで、スーパー保育園って怖そうよねブルブルという話でした。

