誘導と平和
「こうしたら、どうなるのでしょうね?」
「もしかしたら、こうゆうことかもしれませんね!」
「難しいですねえ」
「でもでも、がんばってこれがわかったら、みんなとってもうれしいかもしれませんよ!」
年下的アプローチによる誘導である。
言ってしまった。これは誘導だ。
基本的には自分の疑問や感想を口にしているだけで、決して積極的に提案しているわけではない。断じてない。
しかし本当は、これを誘導というんだろう。
……ぐったり。
ああ、なんか、やる気のない生徒の機嫌を取りながら個人指導するときを思い出した。
……なんたる上から目線=私。
かといって、男性同士みたいにギスギスしあう必要はないのだ。
対立している男性たちって正直めんどくさい。
会話を開始する前からバリバリに負のオーラ。
第三者としてどちらかに理解を示せば、そちらが調子に乗って、ますます対立しあったりする。めんどくさすぎて、手を出したくない。
悪意のない普通のコミュニケーションって、対立するとそんなにも取れないものなのだろうか。そうゆう負の連鎖に、なにか個人的メリットでもあるのだろうか。
どちらかといえば対立したり悪意を出すことが苦手な私には、いまいち理解できないのである。
だからといって誘導ばかりを続けるのが正解かというと疑問ではあるな。


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